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更新日:2017年4月17日

震災を乗り越え、東北に復興資材を供給する「仙台製造所」

日鐵住金建材株式会社
仙台製造所長
阿部研仁氏

訓練と奇跡の積み重ねが生んだ生存劇

仙台製造所長阿部研仁氏

当社は建築・土木資材をはじめとした鉄鋼建材メーカーであり、仙台港南岸壁にある仙台製造所は、主に建築用の角形鋼管を東北で唯一製造しています。

東日本大震災の津波高さは仙台港では8m。当製造所は地上高3mの津波に襲われ壊滅的被害を受けましたが、当時製造所にいた従業員は敷地内の高さ5mの築山に避難し、全員が助かることができました。津波を想定した築山への避難訓練を毎年実施していたことが、助かった一番の要因ですが、大震災のたった8年前から仙台市消防局の指導で始めた避難訓練であったことと、築山の高さがぎりぎりで足りたことは、奇跡と言うべきものでした。この築山は製造所建設時の残土を近隣への騒音防止のため敷地幅一杯に積み上げ、結果的に5m高さとなった土手状の山です。もしも残土の量が少なかったり敷地幅が広かったりしたら、5mの高さにはなっていませんでした。黒い壁のような津波が迫ってくる時は、避難していた所員たちも死を意識しましたが、訓練と奇跡の積み重ねにより九死に一生を得ることができました。

グループ会社の協力や仙台市などの支援を得て再建を果たす

津波避難タワー

震災1週間後には復旧に着手し、グループ会社の協力も得て5ケ月後には生産ラインの1つを復旧させることができました。瓦礫撤去は10トントラック540台分にも及び、当初は電気も水道も不通のなか、手作業や発電機を使って設備を整備しました。震災後13ケ月、延べ5万工数をかけ、完全復旧に至ったときには全社をあげて喜びました。

周辺には再建を断念した工場もありましたし、当社も再建の是非を問う討議が重ねられたことも事実ですが、「被災地復興のために仙台製造所の製品が必要」という思いが勝りました。ほぼ地元出身者で占められる約100名の従業員を雇用し続ける意味でも、再建がベストという結論に至りました。再建の決断には、補助金の存在も大きかったです。高圧電力復旧に際しても、仙台市や宮城県に、当社製品が仮設住宅や復興のための資材であることを理解して頂き、復旧の後押しを頂きました。

震災後は200名が避難できる津波避難タワーを自社開発して敷地内に設置し、仙台市と津波避難施設としての協定を結びました。3日分の食料や毛布などの避難物資も仙台市から預かっています。避難階には風よけのスクリーンを設けたほか、太陽光発電による夜間照明はもちろん、バッテリーでのスマホや携帯電話の充電も可能とするなど、被災の実体験を活かした避難タワーとなっています。2015年3月に仙台で開催された「第3回国連防災世界会議」では、海外から多くの見学者が訪れましたし、年に1度、仙台市の広域避難訓練でも使用しています。

社会貢献も果たしながら新しいものづくりにチャレンジ

2014年に小径のパイプを製造するラインを増設し、2015年にも照明柱などの素材として丸パイプをテーパー加工する設備を新設。震災後も新しいものづくりにチャレンジしています。

当製造所では材料輸送を船便で行っているので仙台港に面する所在地は物流の面でベストです。人材確保面でも仙台には工業高校が2校あるのでスムーズに進んでいます。仙台は「転勤者にも人気がある住みやすい都市」ですし、工場を運営するには本当にいい場所だと感じています。40年にわたる工場の実績が何よりの証拠です。また、東日本大震災での経験を活かし、地震に対する防災関連の講演会やレクチャーの依頼も積極的に受けています。商品だけでなく、防災上のソフト面でも社会貢献をしていきたいです。
(2016年9月取材)

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