泉区

更新日:2016年9月20日

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古内志摩の墓

古内志摩は、名を義如(よしゆき)といい、初め治太夫と名のっていました。三代藩主伊達綱宗公に仕え、四代藩主綱村公のときに家老となりました。

寛文11(1671)年、江戸幕府大老酒井雅楽頭忠清邸で、伊達騒動(寛文事件)が起こりました。

伊達安芸宗重は、幼名亀千代(四代綱村)の後見人である伊達兵部宗勝の藩政を糺そうと、幕府に訴え幕府執行部による再度の対審が酒井邸にて開かれました。その日伊達安芸宗重、藩奉行原田甲斐宗輔、柴田外記朝意、古内志摩義如、案内役として伊達藩聞番役、蜂谷六左衛門可広が呼び出されていました。幕府の訊問が終了し、控室に戻ると原田甲斐が突然、安芸に斬りかかり、甲斐も柴田外記、蜂谷六左衛門によって斬殺されました。古内志摩は別室にいて難をまぬがれ、実情を知る志摩は、一連の騒動の処理に活躍しました。

延宝元(1673)年43歳で没し、慈眼寺に葬られました。

古内志摩の墓 志摩

所在図・アクセス

古内志摩の墓 泉区加茂3丁目33番地内
地下鉄八乙女駅発 宮城交通バス加茂団地・長命ヶ丘行加茂神社下車 徒歩15分

案内図

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