|
| 仙台市トップ>都市開発・まちづくり・緑・公園>彫刻のあるまちづくり>【杜と彫刻】(第1期)作品紹介 |
| ■彫刻のあるまちづくり事業(第1期) | |
| 【杜と彫刻】作品一覧 | |
| Sculpture and Foliage | 事業期間:昭和52年度〜63年度 |
|
1「緑の風」
−緑の街・仙台−私はすぐ、透明で爽やかな緑の微風が、身体のまわりを過ぎてゆく街のことを思います。 台原森林公園の高台を作品の場として与えられたとき私は、あの緑濃き稜線と池と花壇から流れてくる透明な風に向かって立つ、若くて健康な女性を作ろうと考えました。 佐藤 忠良 |
|
2「茉莉花」
白い花びらをつけて、気品ある香りをただよわせる茉莉花、音感も快いリズムをもつ。 制作にも、この花のように清純で毅然としたものをとの思いがあった。 東北の太陽の澄んだ光の下で、この立像が美しく力強くあってほしいと願っている。 舟越 保武 |
|
3「夏の思い出」
踊り子は生長しはじめる、寒気は無慈悲、ゼラニウムやユウカリ、香りをはなつレモンの葉は枯れた、 枝の上に干からびた果物だけを残してこの厳しい寒さ、 しかし空は晴れて来た枯れた小枝にも新芽は再び出て来る、 喜びと生まれかわる生命の歌のように私の踊り子も生長しはじめる、その身体はしなやか、その手は心を語る 青空の中にそびえ・・・ エミリオ・グレコ |
|
4「杜のうた」
榴岡公園の噴水彫刻は、草花や樹木からヒントを得たフォルムですが、すべての植物が天に向かって伸びて行くその生命を支えるのは水であり、太陽の光であるこの絶え間ない水の循環とそれに伴う色とか音の複雑な変化に自然の美とミステリーを表現するものです。 この噴水のリズムは、水が湧き出る、溢れる、噴き上げる、又は水が噴射し交錯してプール一面に飛躍して、ブロンズの彫刻と一致したハーモニーを産み出すものです。 ジョージ・蔦川 |
|
5「水浴の女」
・・・一つの作品を実際に創りあげる様にさせる原因は多く、又いろいろと違うと思います。思いつきが、何か生命の現れと遭遇した時突然浮かんでくることがあり得ますし、又は何年間も心の中で熟してきている事もあります。 ・・・芸術作品は、詩的な内容と形態的要素とで成立つものですから、一つの作品の効果は、主にこれらの二つの価値を如何に割り当てるかという作家の手腕による・・・ ヴェナンツォ・クロチェッティ |
|
6「風の音」
少年の頃、僕にとって木はいつも身近な仲間だった。家の前に大きな楠の木があり、その頂に登って遠くを眺めると繁った葉の間から遥かに海が光ってみえる、そんな自然の広がりに心が躍るのだった。今も空に向かって枝を大きく伸ばした木の下を通る時、ふっと遠い日の思い出が心に蘇って来る。 山本 正道 |
|
7「ふたり」
私のなかで、長い時間、遠くの風景として見ていたのかも知れない二つのフォルムが、広い空間のなかに立ったとき、ふいに近づいてきて、新しい展開を始めました。 ふたりのなかのひとり、ひとりのなかのふたりというイメージがよぎったとき、このタイトルにつながりました。 「ふたり」が、昼と夜、空と山のはざまの、うつろいゆく時空のなかで、時として、語らい、自由にふれあうことを願っています。 朝倉 響子 |
|
8「三世代」
「三世代」は、空気や木々や花々に囲まれた休息のひとときを求めて出かける数多くの家族の一例です。彫刻が設置されるまさにその地で、私はこの情景を見ることができました。構成は控えめです。人間像が坐る平らなベンチはブロックの形で、垂直に一人の娘がまっすぐにすわり、そしてもう一人の年を重ねて腰の曲がったおばあさんと、母の膝にかかえられた果物か花のような裸の子供です。台座は、周囲の緑の空間の中で、全体を際立たせるためのものです。人物像は遠くからでも人間の形を見失わないように、等身大より少し大きめです。 フランシスコ・スニガ |
|
9「杜に聴く」
杜は憩いの場、そして新しい活力を与えてくれる。 自然(杜)との対話の中で自分を省み、未来への夢を語る。 健康で豊かな仙台市の素晴らしい発展を願って制作しました。 雨宮 敬子 |
|
10「オデュッセウス」
私の「オデュッセウス」のブロンズ像が、仙台市の彫刻のあるまちづくり事業の作品に加えられることをたいへんうれしく思います。 「オデュッセウス」というテーマは私のライフ・ワークのひとつです。この作品が皆様に気に入られることをこころから希望しています。 ジャコモ・マンズー |
|
11「牧歌」
「牧歌」は作者の絶作となった作品である。不治の病と闘いながら、最後は入院先から外泊許可をとって作品制作に精魂を傾け、粘土原型を完成させてから不帰の客となった。 作品のモチーフー葡萄の葉を持つ少女と山羊を題材とした構成は、作者が永年にわたり熱く胸に温めてきたものだという。 宮城 正俊 |
|
12「季の杜に」
捲想(けんそう)のかいなの中で男は為止(しさ)さりし時の流れを女は予感の中で・・・ 現在−うずまく想いのなかに 過去−男は去っていった時の流れを感じつつ 未来−女はこれからおこる諸々のことを予感しつつ 一色 邦彦 |
Back |
| 仙台市トップページへ戻る > 仙台市の緑の総合ページ「百年の杜」トップへ戻る | |
|
|