堤焼 海鼠釉壷(つつみやき なまこゆうつぼ)
堤焼は仙台市青葉区堤町で焼かれた陶器。江戸時代、元禄年間(1688〜1704)に江戸の陶工上村万右衛門が仙台に招かれ、堤町で焼くようになったのが始まりと伝える。堤焼は江戸時代には「仙台焼」「杉山焼」と呼ばれ、茶器や日用品が製作された。幕末頃に生産が拡大し、明治以降には写真のような黒釉に白釉を流した海鼠釉の壺や鉢などが、数多く作られるようになった。 |
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切込焼 染付網手花卉文徳利 (きりごめやき そめつけあみてかきもんとっくり)
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| 切込焼は宮城県北部の加美町(旧宮崎町)切込で焼かれた磁器。創始時期には種々の説があるが、古文書や伝世品の銘などから、開窯は遅くとも天保年間(1830−44)頃と考えられる。その後、明治初めには廃れた。染付磁器を多く生産したほか、三彩や瑠璃釉などの製品も作られた。特に、染付の徳利が有名で、どっしりと安定感のある写真のような「らっきょう形」徳利がよく知られている。宮城正俊氏寄贈。 | |||||||||||
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上野目焼 白釉扇形変形皿 (かみのめやき はくゆうおうぎがたへんけいざら)
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| 上野目焼は、宮城県北部の岩出山町上野目で焼かれた陶器。創業時期に関する記録はないが、文政六年(1823)の銘をもつ壺が伝えられおり、文化・文政年間頃には開始され、明治初め頃まで続いた。大堀相馬焼(福島県)に類似するものが多く、その影響を受けたようだ。この皿も、白釉地に緑釉や飴釉を流した型押しの皿で扇形をしている。 | |||||||||||
大堀相馬焼 鉄絵馬図徳利(おおぼりそうまやき てつえうまずとっくり)
福島県浜通り浪江町大堀で焼かれた陶器。元禄三年(1690)頃より大堀村の半谷休閑やその使用人左馬が始めて以来、現在も生産が続けられている。18世紀後半頃には生産も拡大し、仙台(遺跡)でも数多く流通するようになった。写真の徳利は細い口には黒釉がかけられ、胴部にはこの焼物に特徴的な鉄絵の馬が描かれるなど、19世紀頃の代表的な徳利である。 |
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