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支倉常長

1.絵画 2.浮世絵 3.武器・武具 4.服飾 5.陶磁 6.漆器 7.人形
8.歴史資料 9.地図・絵図 10.慶長遣欧使節 伊達政宗 支倉常長 収蔵資料目録

7.キリスト教の弾圧

徳川家康は外国との貿易の利益のためにキリスト教の布教を黙認していましたが、その間にキリスト教の信者(キリシタン)は増え、全国に広まりました。家康は、キリスト教徒が団結して大きな力となることをおそれ、1612年(慶長17)に幕府の直轄領、1614年2月(慶長18年12月)には全国に禁教令を出してキリスト教信者への弾圧を始めます。仙台藩も常長の帰国直前に領内にキリシタン禁令を出し、取り締まりの強化にのりだします。1624年(元和10)にはカルバリオ神父(ポルトガル人宣教師)をはじめ仙台領内のキリシタンがとらえられ、広瀬川で水責めにあって殉死するという事件もありました。結局宣教師をよぶために使節を派遣した政宗も、幕府の方針には従わざるをえない状態となってしまったのです。

ロザリオの聖母像(国宝)
ロザリオの聖母像
(国宝 慶長遣欧使節関係資料)

左の写真では、三日月の上にたつ聖母マリアが、右手に幼いキリストを抱き、左手にはロザリオを持っています。マリアはバラの花がついたロザリオに囲まれ、天上には父なる神と天使が、地上には4人の聖者が描かれています。中央には痛々しいほどのキズあとが走り、キリシタン弾圧の中で無理矢理折り曲げられたことが想像されます。


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8.常長が持ち帰った品々のゆくえ

政宗は、帰国後の常長から7年間の海外経験の報告を受け、その後幕府に報告書を提出しています。しかし、幕府の厳しい禁教政策のもと、常長が持ち帰った品々は、キリシタンに関わるものとして藩に没収され、決して表へ出ないように厳重に保管されました。このため、この後250年ものあいだ、慶長遣欧使節の存在は忘れ去られてしまったのです。そして1873年(明治6)に明治政府がヨーロッパとアメリカに派遣した岩倉具視らの使節によって、訪問先のイタリア(ヴェネチア)で常長の書状が発見され、やっと彼らの業績が認められるようになりました。

当時の日本におけるキリスト教の立場や世界における植民地政策を考えると、使節の目的であったメキシコとの直接貿易と宣教師の派遣が達成できなかったことは仕方がなかったことかもしれません。しかしアジアの植民地化をもくろんでいる当時最強といわれたスペインを相手に、外交使節として条約を結ぶために堂々と交渉することが出来たということは、高く評価されるべきでしょう。
常長が残した7年間の資料はタイムカプセルとして現在の私たちにさまざまなことを伝えてくれます。その歴史的価値は非常に高く、2001年(平成13)に歴史資料として初めて国宝に指定されました。

祭服(国宝)
祭服
(国宝 慶長遣欧使節関係資料)
左の写真は常長がもちかえった品の1つである祭服です。祭服とは、教会で位が高い僧が儀式の時に身につけるもので、中央の濃い茶色のビロード地にはアカンサスの花が刺しゅうされ、天使は描絵で表現されてます。また、両脇の薄茶色のきれ地にはぼたん唐草が刺しゅうされ、裏地には全体的にもえぎ色の平絹が用いられています。  

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