通り名 旧町名・通り名 この町名の由来等 現在の主な関係町名 《東三番丁》通り
東三番丁 (ひがしさんばんちょう)
昔は侍丁で,北端の小高い所に大聖寺聖天様があり同心町に接していた。南は清水小路に入っていたが,明治中頃五橋まで通じ,宮城女学校や河北新報社ができた。弁護士、医者の多い屋敷町であったが,戦後は県庁から真直ぐな通りとなった。
五橋一丁目
中央二丁目
中央三丁目
中央四丁目
本町二丁目
本町三丁目
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