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| ◇ | 1978年宮城県沖地震の概要 |
| ◇ | 1978年宮城県沖地震の特徴 |
| (1)ブロック塀倒壊 | |
| (2)ガラス片、落下物による受傷 | |
| (3)火災発生状況 | |
| (4)地域による被害の偏り | |
| (5)ライフラインの被害 | |
| (6)その他 | |
| ◇ | 全壊家屋・ビル,火災分布図 |
| ◇ | 地震被害想定 |
| ◇ | 我が家でできる地震対策 |
| ◇ | 百万市民の挑戦―宮城県沖地震に備える3つのチャレンジ― |
| ◇ | 1978年宮城県沖地震の概要 | |||||||||||||||
| 昭和53年(1978年)6月12日,17時14分,マグニチュード7.4(震度5)の地震が仙台市を襲いました。気象庁により「1978年宮城県沖地震」と命名されたこの地震では,現在の仙台市域(旧泉市・旧宮城町・旧秋保町の区域を含む。)で、死者16人,重軽傷者10,119人,住家の全半壊が4,385戸,部分壊が86,010戸という多大な被害が生じました。この地震は,当時の人口50万人以上の都市が初めて経験した都市型地震の典型といわれました。 | ||||||||||||||||
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| ◇ | 1978年宮城県沖地震の特徴 | |||||||||||||||
| (1)ブロック塀倒壊 1978年宮城県沖地震の特徴の1つとして,ブロック塀倒壊の多発が挙げられます。このブロック塀の倒壊によって死者16人のうち,11人が犠牲となりました。 |
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| (2)ガラス片、落下物による受傷 1978年宮城県沖地震による受傷者は,市内で10,000人以上に及びましたが,その中でも屋外への急な飛び出しによる受傷者,ガラス片や落下物による受傷者が目立ちました。 |
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(3)火災発生状況 火災の原因は様々でしたが,特にこの中でも実験用薬品の発火危険が,あらためてクローズアップされました。 |
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(4)地域による被害の偏り |
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| (5)ライフラインの被害 1978年宮城県沖地震では,電気・ガス・水道などのライフラインが大きな被害を受け,市民生活に大きな影響を与えました。特にガスは,復旧に約1ヶ月の時間を要しました。(下表参照)
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| ◇ライフライン防災情報 | ||||||||||||||||
| (6)その他 停電によって交通信号機が全て滅灯し,それが夕方のラッシュと重なったため,激しい交通渋滞が発生しました。仙台駅前で午後11時頃,国道45号線では午後11時半頃まで渋滞が続きましたが,幸い特に事故や混乱はなく,二次災害の発生はありませんでした。 地震後,建築基準を満たさないブロック塀や宅地造成など規制法以前の造成宅地の危険性が大きな社会問題となり,緑ヶ丘地区では,集団移転も実施されました。 |
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| ◇ | 全壊家屋・ビル,火災分布図 | |||||||||||||||
| 『宮城県沖地震 災害の記録』より/仙台市 | ||||||||||||||||
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| ◇ | 1978年宮城県沖地震による各種被害状況(旧仙台市域) | |||||||||||||||
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| ◇ | 地震被害想定 | |||||||||||||||
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仙台市は,昭和53年6月12日に1978年宮城県沖地震を経験し,平成7年1月17日には阪神・淡路大震災が発生し,都市型大規模地震災害の恐ろしさを再認識することとなりました。 ○詳細はこちらまで |
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| ◇ | 我が家でできる地震対策 | |||||||||||||||
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宮城県沖地震の再来に対して,各家庭での地震に対する備えが大変重要になります。考えられる対策として,例えば,家具への転倒防止器具の取り付けや非常持ち出し品の準備(1つの袋にまとめて),避難場所の確認,避難場所までの道路の確認,近所の危険箇所の把握など様々なことが考えられます。 ○詳細はこちらまで |
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