誰が・・・虞美人草のこと
子供達を洗いあげた母が入浴している間、私達兄弟姉妹は銭湯入口のところの小さな空き地で待つのだった。湯上りの体に心地よい川風−。幼い眼には広く大きく見えた丁字路に面した場所だった。
向い側に赤煉瓦造りのカッコイイ警察署があり、鉄の扉の正面の両たもとに赤い花が立ち咲いていた。母が「虞美人草」とおしえてくれた。初めて見た時だけでなくその後何度か見て親しんでからも、私はこの花の濃い赤を、紗のように薄い大きな花びらを、周囲の景色も含めて「美しい!」と思った。国民学校(今の小学校)一年生だった。
父の転勤で、私達はこの地に一年間しかいなかった。
十代半ばごろ、漢詩に
〜虞や、虞や、汝を如何せん〜
とあるのを読んだ時、ちらりと幼時の心象が甦ったが、その地にはこの花の、あの風景を思い出すことはなかった。全く。
42年に亙る仕事をおえ、同じく少し前に退職していた姉と一昨年かの地を訪れた。旧私宅の大家に挨拶し、知人もたどった。交通網にからめとられている地域でないせいか他の町々ほど激しい変化は見られないが、それでも街並みはかなり変容し、お寺、学校、駅などを基準に幼さと古さですっかりぼやけてしまっている頭の中の地図と現風景をつき合わせる作業を二人でつづけた。
偶然、あの丁字路に出た。銭湯はなくなっていた。向い側、赤煉瓦の警察署の建物は警察資料館と名を変えて元の所にあった。あのころよりこじんまりして見えた。ふと、正面のたもとを見て、私は息が止まるほどに驚いた。向かって右側の門柱に寄り添うように、ひともとの虞美人草が咲いていたのである。
60年前のような勢いはなく、量もなく、やっと咲いている感じだったが、私にはそれはそれは懐かしく有難がった。半世紀を越える(それはもう歴史)世の転変と夥しい人の流れ。それらはこの花を見、また花々はそれらを見たことだろう。
 それにしても花は根がなければ咲かない。60年間余り誰が守り育てたのだろう。代々の用務員さん?署長さん?
次に登米に行けたら、あの根のもとに土を寄せ、水をたっぷりやってみたい。怪しまれるか。
*警察の徽章に似ても見えるこの花。6万年前の北イランの墓から出土している。
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