若林区

更新日:2016年9月20日

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寺めぐり「用語の解説」

用語の解説

山号(さんごう)

寺院の名(寺号,じごう)につける称号。昔は寺院が山にあったなごりで山の名が使われる。~山~寺、~山~院というのが寺院の正式名称。

本山と末寺

本山は同じ宗派の寺院を統括し、末寺は所属する宗派の本山の支配下に置かれる。宗派をとりまとめるのが総本山。宗派に属するが本山をもたない寺院は単立と呼ばれる。

開基、開山、勧請

開基(かいき)とは、寺院や宗派を創立すること又はその僧のこと。
開山(かいさん)とは、寺院の創始者,宗派の祖のこと。
勧請(かんじょう)とは、神仏の分霊を請じ迎えて祀ること。

別当寺(べっとうじ)

神仏混淆(しんぶつこんこう:神道と仏教が混じりあって信仰されること。奈良時代に始まった)により、神社のそばに守護のための寺が建てられた。
その寺を神宮寺(じんぐうじ)または別当寺、略して別当とも呼ぶ。明治維新になると国家神道による祭政一致を掲げる政府が神仏分離政策をすすめ、神仏混淆は禁止された。別当寺は独立したが、檀家が少なくて廃寺になったところが多い。

修験(しゅげん)

奈良時代の役小角(えんのおづぬ)が始めたという修験道は、古来の山岳信仰と渡来仏教の密教とが習合したもの。仏教の一派だが中国の道教の影響が強いといわれる。
山奥で秘伝とされる霊能や呪術を修業し、修験者は山伏とも呼ばれた。天台密教が本山派、真言密教が当山派と呼ばれ、山形の羽黒山で修業する羽黒修験もあった。明治維新以降は禁止され、修験者は修験以外の密教系寺院や神社に移り、修験寺は廃寺となった所が多い。

豆知識

明治維新後の仙台の寺・神社

明治維新後の寺や神社は、それまで藩から与えられていた領地が没収され、扶持米(ぶちまい:家臣のように藩から支給される俸給米)も打ち切られて、経営を維持することが苦しくなった。
廃絶したり近隣の寺社に吸収される例が多くあったほか、広い敷地を切り売りしたところも多い。また、明治元年(1868)の神仏分離例によって寺と神社は信仰と経営の両面で切り離され、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく:寺や仏教徒を否定する運動)も起こって,荒れ放題になる寺院が少なくなかった。明治5年(1872)には修験が禁止され、廃寺となったり改宗した修験寺も多かった。 

このページは、仙台開府400年を記念して実施した「若林区の魅力発見事業」で平成14年度に製作しました。
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