更新日:2016年9月20日

ここから本文です。

仙台の下水道のあゆみ(歴史)

政宗さんの下水道

仙台の下水道の歴史は、藩祖伊達政宗公の命によって造られた「四ッ谷用水」にさかのぼります。
この用水の建設は、北上川改修や新田開発等に名を残した川村孫兵衛重吉が指揮をとったと伝えられ、取水堰やトンネル、掛樋など、当時としては最高水準の技術を用いたものでした。

広瀬川左岸・郷六に堰を築き、八幡町から北六番丁を通り、宮町東方の梅田川まで水をひき、上水道、下水道、農業用水、防火用水などの用途を兼ねていました。また、街中で支流に分かれ、地下水を潤し、生活、防火、農業、染物、散水に使われ、水車をまわし、雪捨場にもなり、排水路の役割も果たしました。

江戸時代の芭蕉の辻の絵

江戸時代の芭蕉の辻(道の中央に四ツ谷用水の支流が流れている)

北鍛冶町の四ツ谷用水の写真

北鍛冶町の四ツ谷用水

し尿を運ぶための道具「よったる」の写真

し尿を運ぶための道具「よったる」

日本で3番目の近代的下水道

仙台市の下水道は、明治24年(1891)に下水道計画に必要な測量調査を始め、明治32年(1899)8月に、東京、大阪に次ぐ、全国3番目の下水道工事に着手しました。

仙台市では水道工事より早く下水道の工事が行われており、これは、街中を流れていた四ッ谷用水が馬車交通の発展とともに道の隅や家の裏に押しやられ、管理が行き届かなくなってきたことや、コレラなどの伝染病が蔓延したことなどが理由であったといわれています。

下水道築造工事平面図(明治~昭和初期)

仙台市下水道築造工事平面図(明治~昭和初期)

北六番町での下水道工事(昭和10年)の写真

昭和10年に北六番丁で行われた下水道工事

当時の製管風景の写真

当時の製管風景
(東十番丁製管所)

当時の北目町(工事前)の写真

当時の北目町
(工事前)

当時の北目町(工事後)の写真

当時の北目町
(工事後)

戦後の下水道整備

戦前の下水道は、下水を未処理のまま河川・用水堀に放流していたため、戦後における市民の生活様式の変化や急速な市街化により河川の汚濁が進みました。また、下水道未整備地区では、排水不良による悪臭等により、環境衛生が悪化し、市民生活にとって一日も放置できない状態となりました。
さらに、経済の高度成長とともに、広瀬川、梅田川などで水質汚濁が進むなど、下水道事業も新たな展開を求められました。

化学肥料の普及に伴って肥料として用いられていたし尿の引き取り手が無くなり、市内で出る大量のし尿の処理も深刻な問題となっていました。
昭和32年には、河川・用水堀等への放流をなくすため、南蒲生下水処理場(現:南蒲生浄化センター)に流集し処理する下水道計画をつくりました。
昭和39年に南蒲生下水処理場が運転を開始すると、各家庭のくみとり便所の水洗化が推奨され、し尿問題の解決に向けた大きな一歩を踏み出しました。水洗化は着々と進み、現在では99.3%(平成21年4月1日現在)の家庭で水洗化が実現しています。

さらに、当初は汚水の汚れを沈殿除去し、消毒するだけだった南蒲生下水処理場は、昭和54年に微生物を利用した高級処理に改良されました。

第一南蒲生幹線建設工事の写真

第一南蒲生幹線建設工事

第一南蒲生幹線竣工式の写真

第一南蒲生幹線竣工式

南蒲生浄化センター全景写真

南蒲生浄化センター全景

下水道普及率グラフ

ここまで進んだ下水道整備

市民の力で川をきれいに

昭和20年代から30年代にかけて、梅田川はごみと汚水で「どぶ川」となっていきました。そこで、仙台市の「健康都市宣言」(昭和37年)をきっかけに流域の市民が立ち上がりました。

昭和39年10月、梅田川浄化推進協議会がつくられ、毎月町ぐるみ清掃が行われ、翌年にはドジョウやフナが放流され、42年には「美しい町づくり全国コンクール」で最優秀賞を受賞しました。この運動は、六郷堀など各地に広がり、下水道の普及も進んできれいな川がもどってきました。

また、昭和49年には、「広瀬川の清流を守る条例」がつくられ、市民の活動と行政の取り組みが実を結び、広瀬川の清流がよみがえっています。下水道の整備・普及も力を発揮しました。

どぶ川となっていた梅田川の写真

どぶ川となっていた梅田川

町ぐるみ清掃の様子の写真

町ぐるみ清掃の様子

広瀬川の清流を守る

昭和62年に宮城町が合併すると、旧宮城町地区の下水道を早く普及させることが課題となりました。そこで、新たに宮城処理区をつくり、この地域で発生した生活排水を、規制の厳しい広瀬川に放流するという画期的な決定でした。
「広瀬川の清流を守る条例」は、アユの棲む清流を守るために放流水に厳しい規制をしています。この規制をクリアする高度な汚水処理の仕組みをもつのが広瀬川浄化センターです。

雨とたたかう

土地利用の高度化や市街地の拡大に伴い、昭和61年の8.5集中豪雨など、雨水流出量が増大し、都市型浸水被害が発生しています。
このため、これまでの被害状況を踏まえ、重点整備地区を定めて雨水幹線やポンプ場を計画的に整備しています。また、浸水被害の防止と水環境の保全を図るため、雨水の貯留・浸透等の「雨水流出抑制」を取り入れた総合的な雨水対策を進めています。

8.5豪雨で川と化した市立病院前の写真

8.5豪雨で川と化した市立病院前

広瀬川第二雨水幹線の写真

広瀬川第二雨水幹線

水環境の向上をめざして

平成17年1月には、農業用水路「六郷堀・七郷堀」(仙台市若林区)への通年通水が認められました。
環境改善の目的で既存の農業用水路に水利権が認められたのは、全国的にも珍しく、年間を通じて六郷堀・七郷堀に水が流れることで、景観や悪臭を改善し、親水空間を生み出し、「潤いと安らぎのあるまちづくり」が進みます。

通年通水が始まった七郷堀の写真

通年通水が始まった七郷堀

参考資料

前後のページへ

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをダウンロードしてください。Adobe Readerのダウンロードページ

お問い合わせ

建設局下水道計画課

仙台市青葉区国分町3-7-1市役所本庁舎5階

電話番号:022-214-8823

ファクス:022-268-4318