泉区

更新日:2016年9月20日

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泉なつかし写真館―第4回 泉ケ岳

第4回は、登山、ハイキング、スキーなど、四季折々に多くの方に親しまれ、泉区の名前の由来にもなっている泉のシンボル「泉ケ岳」を紹介します。

 冬の泉ケ岳

昭和42年に撮影された、冬の「泉ケ岳」の写真です。

泉ケ岳は標高1,172メートルで、船形連峰の南方最前線に位置しています。
仙台市中心部から、車で50分ほどで行くことができ、登山やハイキング、スキーなどを楽しむ方で、季節を通して多くの方でにぎわいます。
泉ケ岳は泉区を潤す「七北田川」の水源地であることから、「母なる山」とされ、土地の人には布袋様が寝てござるともいわれています。

 おきせ小屋

昭和15年に撮影された、小さなスキーヒュッテの写真です。

昭和7年ごろ、泉ケ岳の萱刈場油堂に、地元のスキーヤーたちが旧根白石小学校の裁縫室の廃材を使って建てたもので、管理人の名前「おきせさん」をとって、「おきせ小屋」と呼ばれていました。
おきせ小屋は、スキーヤーや村人たちが泊まるなど、皆に親しまれていましたが、昭和18年に惜しくも火災により焼失してしまいました。

 泉ヒュッテ落成式後

昭和26年10月に撮影された、「泉ヒュッテ」落成式の後の写真です。

泉ヒュッテは、平成20年3月末に廃止した「泉ケ岳野外活動センター」のあった場所にありました。
焼失した「おきせ小屋」に替わる施設として、宮城県山岳連盟の「伊達篤郎」さんが設計し、昭和25年から建設が始まりました。
しかし、豪雨により橋の流失し、作業が遅れたため、未完成のまま同年12月に「泉山荘」の名前でオープンしました。
翌年の春から残りを整備、昭和26年10月の落成式に当たり、「三原良吉」山小屋建設委員長の提唱により「泉ヒュッテ」と命名されました。

 泉ヒュッテと登山者

昭和29年に撮影された「泉ヒュッテ」に向かう登山者の写真です。

泉ヒュッテができた当時、仙台市営バスは根白石が終点でした。
その後、昭和27年に福岡川崎、昭和29年に福岡上の原旗枠まで終点が延長され、昭和35年には泉ヒュッテまでバスで行けるようになりました。

 水神コースの登山

「水神コース」での登山の写真です。

泉ケ岳には、家族向きの「水神コース」のほかに、初心者向きの「滑降コース」、体力に自信のある方向きの「かもしかコース」、ベテラン向きの「滑降コース」など、レベル別にコースがあり、多くの方が登山を楽しんでいます。
昭和29年の写真と比べると、登山者の服装や持ち物が違っているのが分かります。

 泉ランド大野鳥園

昭和41年ごろに撮影された「泉ランド」の写真です。

写真中央右上に写っているのが、「大野鳥園」です。
泉ランドには遊園池、コーヒーカップ、大観覧車などの遊具やバンガローなどがありました。
夏期スキー練習場やスケートリンクなども計画され、大型遊園地の構想がありましたが、実現しませんでした。

 芳の平 冬のりんご園

昭和42年の冬に撮影された「芳の平のりんご園」で、りんごを植えてから3年程の写真です。

写真中央右上には、今は無残に削り取られてしまった「屏風岳」が写っています。
芳の平は広大な萱の生産地でしたが、昭和39年に新たな土地利用として、泉ケ岳芳の平りんご園造成事業が開始されました。
りんごを植えてから8年経った昭和47年には、観光りんご園として宣伝され、大勢の家族連れなどがりんご狩りを楽しみました。
芳の平のりんごは泉の特産物として脚光を浴びましたが、昭和53年をピークに衰退し始め、昭和57年に廃止されました。

 芳の平 ミズバショウ群生地

昭和50年に撮影されたミズバショウの群生の写真です。

芳の平には、ハンノキ林の中の水流に沿ってミズバショウの群生があります。
芳の平のミズバショウ群生地は、規模が大きく、仙台市天然記念物に指定されています。
大駐車場から遊歩道が整備され、泉ケ岳を散策しながら8分ほどで行くことができます。

例年、4月中旬から下旬ごろの見どろの時季には、白く美しい花があたり一面に広がる景色を見ることができます。

 三吉大明神

昭和51年に撮影された、泉ケ岳山頂にある、「三吉大明神」が祀られているお堂の写真です。

文政年間に奉納された南蛮鉄でできたお堂です。
また、泉ケ岳山頂の東斜面、「表コース」のかたわらには小さなお堂があり、七北田川流域に住む人々が雨乞いや悪疫退散を祈願した「薬師如来」がまつられています。

 解体直前の泉ヒュッテ

昭和55年に撮影された、解体直前の「泉ヒュッテ」の写真です。

泉ヒュッテの灯りは13年間ランプでしたが、昭和35年のリフト設備への電気導入に伴い、電灯に替わりました。
泉ケ岳に雇用保険福祉事業の一環として「勤労者野外活動センター」の建設が提案され、その建設地として、老朽化していた泉ヒュッテの場所が選定されました。
勤労者野外活動センターの建設により、泉ヒュッテは昭和55年に30年の歴史に幕を閉じました。

 泉岳少年自然の家

昭和55年に撮影された「仙台市泉岳少年自然の家」の写真です。

泉岳少年自然の家は泉ケ岳の中腹の標高580メートルの場所に開所されました。
昭和45年にはキャンプ場だけでしたが、昭和48年に本館が完成し、体育館等のある新館の増築も昭和53年に完成しました。
泉ケ岳の恵まれた自然環境の中で、集団生活を通して心身ともに健全な少年を育成する教育施設として建設され、現在も小中学生の宿泊授業などが行われています。

 岡沼

秋には水のないことが多い「岡沼」に水があり、紅葉もキレイに色づいている貴重な写真です。

「岡沼」は春の雪解けごろや大雨の時に満々と水を湛え、秋から冬にかけては全く水がないことから、地元では「丘沼」といわれることもあります。
「岡沼」は兎平リフト上駅の上に位置しています。

 パラグライダー

泉ケ岳では、仙台市内を見下ろせるパラグライダーも人気のレジャーです。

写真の中央下に泉ケ岳に続くトンネルが見えます。
パラグライダーのほかにも、泉ケ岳は、秋には紅葉狩りや芋煮会、冬にはスキーやスノーボードなどを楽しむことができます。

 七北田橋と泉ケ岳

昭和30年に撮影された「七北田橋」と「泉ケ岳」の写真です。

橋の下にボンネット型のトラックが止まっている、めずらしい写真です。
「泉ケ岳」を水源とする川は、北東から流れる「長谷倉川」と水神碑上流から流れる「樋沢川(ヒザ川)」で、川崎橋下流で「七北田川」と合流します。
「七北田川」は泉区のほぼ中央を蛇行しながら西から東に流れています。

写真:元泉市誌編纂委員会副委員長庄司健治氏のコレクションほか
出典:泉市誌、グラフ泉、いずみのふるさと(総集編)、続みーつけた、泉市の文化財、七北田川まるごとガイドブック

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