更新日:2017年1月31日

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発掘調査で知る本丸大広間-大広間跡で見つかった遺構

大広間跡で見つかった遺構(1)

平成13年から21年にかけて行われた発掘調査では、大広間の柱を支える礎石跡や軒先から滴る雨水を受ける雨降ち溝跡等を発見し、大広間跡の位置・規模(東西33.5m、南北26.3m)を確認することができました。
また、大広間跡の西側に位置する御成門跡の礎石や、御成門跡と大広間跡の間で南北方向にのびる堀立柱列、御成門付近から大広間車寄方向にのびる石敷き遺構等を発見しています。
画像
<発掘調査で見つかった遺構>

写真<礎石とその断面>

写真<雨落ち溝跡>

大広間跡で見つかった遺構(2)

これまでの発掘調査で、大広間の柱を支える礎石跡の多くを、ほぼ197cm間隔で発見しました。調査成果と絵図とを対比し、「6尺5寸(約197cm)」が大広間の柱間寸法の基準であることがわかりました。また、建物の外縁部(落縁)が「5尺」(約152cm)幅であることもわかりました。

写真
<大広間跡北半部の遺構(白線が大広間の間取り・人が立っている場所が礎石跡>

大広間跡で見つかった遺構(3)

平成20年度に行われた大広間跡南半部の発掘調査では、これまで確認されてきた礎石跡より小さい、建物の床を支える束柱の礎石や礎石跡を発見しました。束柱はほぼ一間おきに置かれていました。大広間跡の調査で発見した礎石や礎石跡から大広間各部屋の間取りや位置が明らかになりました。
写真
<大広間跡南半部の遺構(白線が大広間の間取り>

御成門

御成門は、大広間の西側に位置し、天皇家や将軍家を迎えるために造られた特別な門です。平成15年に行われた発掘調査では、御成門の北東部の控柱を支えたと考えらえる礎石を1石発見しています。他の礎石は抜き取られ残っていません。また、御成門と大広間の間に南北方向にのびる塀の跡も発見されています。
画像<仙台城及び江戸上屋敷主要建物姿絵図」(御成門部分)江戸時代 仙台市博物館所蔵>
写真<御成門の礎石(東から)>

本丸の庭園

大広間跡の東側から、庭園の跡が一部発見されました。この付近からは、木を植えたと考えられる穴や池跡とともに、きれいな玉石を敷きつめた中央に、平たい大きな石を置いた「石敷遺構」が発見されました。茶道では、茶室に入る前に水によって手や口を清める作法があり、この遺構がそうした「手水処」(ちょうずどころ)に関わる「蹲(つくばい)」であった可能性が考えられます。
また、土井晩翠歌碑の近くの調査では、井戸跡が見つかっています。
写真イラスト
<左:石敷遺構><右:つくばいの想像図>
写真<本丸跡で見つかった井戸跡>

 

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