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開館時間

  • 9時00分から16時45分
    (入館は16時15分まで)

休館日

  • 月曜日
    (祝日・振替休日の場合は開館)
  • 祝日・振替休日の翌日
    (土・日曜日、祝日の場合は開館)

開館カレンダー

観覧料(常設展)

  • 一般・大学生 460円(団体 360円)
  • 高校生 230円(団体 180円)
  • 小・中学生 110円(団体 90円)
    ※特別展は別途

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更新日:2019年7月2日

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トピックス

仙台市博物館からのお知らせ

博物館から特にお知らせしたい事項がある場合は、こちらでご案内します。

 

伊澤家より刀剣などの資料が寄贈されました

このたび、仙台屈指の酒造家である伊澤家の当主、伊澤平一氏より、刀剣類を中心とした資料が博物館に寄贈されました。
伊澤氏からはこれまでも良質な文化財を複数回にわたり寄贈いただいており、今回の寄贈資料を加えた「伊澤家コレクション(博物館所蔵)」の総数は389件となります。これらの資料は今後、博物館常設展において展示を行う予定です。

 

<資料の展示期間について>

寄贈資料のうち、「刀 備前長船源兵衛尉祐定(びぜんおさふねげんべえのじょうすけさだ)」、「脇差 長曽祢虎徹入道興里(ながそねこてつにゅうどうおきさと)」、「金小札白糸威同丸具足(きんこざねしろいとおどしどうまるぐそく)」の3件の展示期間が決まりましたのでお知らせします。

【展示期間】令和元年9月10日(火曜日)から令和元年11月4日(月曜日)まで

 

寄贈資料

刀剣類・具足など 計41件

 

寄贈日

令和元年5月28日(火曜日)

 

寄贈者

伊澤 平一(いさわ・へいいち)氏

 

今回の寄贈資料について

伊澤氏が長年収集してきた、刀剣類や具足など合計41件を寄贈いただきました。そのうち刀剣類(刀・脇差・槍)は13件あり、中には祐定(すけさだ)や虎徹(こてつ)といった全国的に有名な刀工の作品も数点含まれています。また特筆すべき資料として、江戸幕府の重臣であった本多(ほんだ)家伝来と推定される具足が1領含まれています。(*詳細は下記【参考】を参照ください)
なお、今回の寄贈資料のうち、刀剣類を中心とした「伊澤家コレクション」の展示を夏~秋をめどに常設展において行います。

 

「伊澤家コレクション」について

博物館では、これまでに伊澤氏より仙台藩の画家を中心とする絵画や良質な工芸品、武器・武具などを昭和61年に196件、平成15年に30件、平成28年に122件、合計348件を寄贈いただきました。これらは「伊澤家コレクション」と表記して常設展や企画展の内容に応じて展示し、広く市民に公開しています。
今回の寄贈により「伊澤家コレクション」は総数389件となりました。

 

【参考】寄贈資料のうち、刀剣類および具足について

刀剣類 13件(内訳:刀5件、脇差6件、槍2件)

主な資料(刀剣類)

  • 刀 備前長船源兵衛尉祐定[びぜんおさふねげんべえのじょうすけさだ]※1 1口
  • 脇差 長曽祢虎徹入道興里[ながそねこてつにゅうどうおきさと]※2 1口
  • 脇差 無銘 (仙台安倫[せんだいやすとも]) 1口
  • 槍 村正 1口

 

  1. ※1について
    刀 銘「備前長船源兵衛尉祐定」 1口 総長78.6センチメートル 拵共
    備前長船は備前国邑久(おく)郡長船村(現在の岡山県瀬戸内市)を中心とする地域を拠点とした刀工の流派。源兵衛尉祐定は数十名いる祐定の中でも屈指の刀工で、元亀・天正(1570~1592年)頃に活躍した。この刀は地鉄(じがね)が厚く研ぎ減りが少なく、板目肌。刃文はゆったりした互の目である。拵(こしらえ)は伊澤氏があつらえたものである。
  2. ※2について
    脇差 銘「長曽祢虎徹入道興里(後略)」 1口 総長67.6センチメートル 拵共
    長曽祢虎徹興里は江戸時代寛文(1661~1673年)頃の有名な刀工。この脇差は地鉄が摘み、刃文は虎徹の特徴とされる数珠刃(じゅずば)である。金象眼(きんぞうがん)で山野加右衛門が試し(切れ味を試すこと)をしたことが記されている。拵(こしらえ)は上記の祐定とあわせて伊澤氏があつらえたものである。

主な資料(具足)

資料名「金小札白糸威胴丸具足(きんこざねしろいとおどしどうまるぐそく)」 1領

江戸幕府の重臣であった本多家の家紋である「立ち葵紋」が描かれていることから、本多家伝来の資料であると推測される。
白糸威(しろいとおどし)の華やかな具足で、江戸時代中期頃の作とみられる。印象的な後立(うしろだて)は後世になってからつけられたものである。