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更新日:2025年7月11日

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最初に造られた役所―Ⅰ期官衙―

最初に造られた役所ーⅠ期官衙ー

Ⅰ期官衙は最初に造られた官衙であり、7世紀の中頃から後半にかけて機能していたと考えられます。

東西約300m、南北約600m以上の広い範囲が、建物跡や小規模な材木列(塀跡)、板塀跡で囲まれ、さらにその内部は工房や倉庫など役割ごとに空間が仕切られ、建物は真北から約30~40゜ほど東に傾いた方向に揃えて建てられています。

立地や官衙の形態からは河川との密接な関連が考えられ、外洋にも近いことから、海路の拠点ともなるような官衙と言えます。日本海側に設置された淳足柵(ぬたりのき、現在の新潟県新潟市東区)や磐舟柵(いわふねのき、現在の新潟県村上市岩船周辺)と同じような「柵」(城柵※)とみられ、陸奥国中央部の”拠点”となる柵跡であろうと考えらえられています。

※城柵…東北地方や北陸地方につくられた、蝦夷の統治にかかわる拠点のこと

Ⅰ期官衙の配置図

Ⅰ期官衙の配置図

 

Ⅰ期官衙の施設

中枢部

北寄りに板塀などで区画された120m×90cmの院(役所等で、一区画を形成する遺物群のこと)があり、建物が塀に密着するよう配置されています。区画内部は広場状になっており、これが中枢部と見られます。

中枢部の区画中枢部の区画

中枢部の入口中枢部の入口

倉庫群

中枢部の両側には柱が碁盤の目状に立ち並ぶ建物が並んでいるのが確認されています。この柱を据える穴の底には、重さで柱が沈まないよう石が敷き詰められていました。これらの建物は各地から運ばれてくる物資を貯蔵した倉庫と考えられます。

倉庫建物跡倉庫建物跡

工房跡

竪穴建物からは、鎧の小札や鍛冶炉のフイゴ(送風管)が出土しています。この建物は鉄鏃(てつぞく、鉄製の矢じりのこと)などの武器や武具の製造・修理が行われた鍛冶工房と考えられています。

工房跡工房跡

出土した遺物

遺跡からは土師器(はじき、古代に使われていた素焼きの土器のことで、主に食器など普段使いされていた)が出土しています。

東北地方でつくられた土器(写真右)の他に、関東地方の一部でつくられてた土器と類似するもの(写真中央)や、東北地方では極めて稀な畿内産土師器(写真左)が出土していることから、官衙の造営にあたって各地から人びとが来ていたことが伺えます。このほか、「名取」と線刻された土師器も出土しています。

出土した土師器出土した土師器

「名取」土師器「名取」と線刻された土師器

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