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更新日:2026年3月4日
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令和6年度「仙台市博物館調査研究報告」第45号には、以下の論文等を掲載しました。
明石 治郎
伊達政宗の紀行文として知られる「道の記」の冒頭に記される京都北野の松梅院での酒宴。政宗はこの席で庭に咲く盛りの花を和歌に詠んだのであるが、政宗はその花を「梅」と記していた。しかし、『貞山公治家記録』で「櫻」と読んでいるためか、従来もっぱらその文字は「櫻(桜)」と読まれてきた。これについて、政宗の筆跡による「梅」と「櫻」の比較検討を行い、また酒宴は現行の暦で三月二十日に行われたもので、桜の盛りの時期ではないことを示して、「道の記」の松梅院の花は「梅」が妥当であることを論じたものである。
明石 治郎、村岡 淳子
本稿は、前号に引き続き『仙台市史 資料編 伊達政宗文書』全4巻、『市史せんだい』Vol.17~30所収の「史料紹介 伊達政宗文書・補遺」(一)~(十四)に未掲載の新出資料を新補遺として紹介するものである。今回は14点の新出資料の翻刻と写真図版、4点の新調査資料の写真図版を掲載した。
中武 敏彦
本稿では、明治10年(1877)の西南戦争において、政府軍の警視庁新撰旅団の一員として従軍した旧仙台藩士富澤適世の従軍記録を紹介した。本資料は、令和6年度に寄贈された仙台藩士富澤家資料のうちの1点で、資料の概要、前半部分の翻刻と写真図版を掲載した。
小田嶋 なつみ
共立女子大学被服平面造形研究室の田中淑江氏のもとで行われた紫羅背板地五色水玉模様陣羽織の修復を受け、博物館の資料担当者として先行研究による資料の概要を述べるとともに、修復に至った経緯や修復中の時系列的な検討事項、修復後の展示・普及活動を含めた一連の事業の成果等について紹介した。
田中 淑江
仙台市博物館蔵「紫羅背板地五色水玉模様陣羽織」の修復を2023年4月から2024年2月にかけて、共立女子大学被服平面造形研究室が行った。本稿では日本の染織技術と西洋の織物技術の融合により取り組んだ修復工程の内容を述べる。また修復の際にしか確認することのできない作品の裏側の調査により、本陣羽織の象徴的な丸模様の装飾技術について明らかになった点を報告する。さらに作品の繊維に混在した付着物や胸紐、覆輪についての検討を試みた。
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